反骨精神を源に軽い冗談から重い本音まで・・・
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最初にまず今まで更新をサボっていてごめんなさい。いろいろ用事はあったんですが更新やろうと思えば出来たのに寝たりしてました。その間覗いてくれた人すいません。これから頑張って更新するのでどうか長い目で見てやって下さいませ。

というわけでこれで生ぬるい内容を書くわけにはいかないので、お詫びとして今日はダウナーでヘヴィなことを書きたいです!

世の中には自分に害を為すものがいっぱいありまして、それは誰かが行動を起こしたせいで自分にとって害になるということが多々あります。
そうなると「あいつが余計なことしなければ」とか「あいつムカツク」とか思ったりするわけですが、その思う度合いは様々な条件で変わると私は思います。


例えば一番解りやすいのは友達か赤の他人かです。

例えば足を踏まれたとして、他人ならちゃんと謝って欲しいもんですが、友達ならそんなこと気にしなくていいよ謝る程のことじゃないと許せたりします。
まあどちらにせよ足を踏むなんてことは誰にでもよくあるミスだと考えられますしそこまで大した害にはならないので許し易いでしょう。

ではそうではなく自分を害した行為が故意にやられたものであった場合、何が一番自分にとっての質の悪い『悪』で許せないものなのでしょうか?


そこで今回問題とする条件は

悪意でやったか・普通にやったか・好意でやったか

ということです。

パッと見るとそりゃあ悪意でやられた行為が一番ムカツクんじゃあないかと思うでしょう。しかし実際はそんなに簡単なものではありません。
例えば自分の大切な宝物があったとして、それが3人の知り合いに捨てられたとします。
彼らは各々こう言います。
「君が嫌いだから捨てた。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪意
「あれが嫌いだから捨てた。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・普通
「あれを持っていると君にいいことないから捨てた。」・・・好意


①まず悪意の場合

悪意に悪意は向け易いので、非常に怒り易いですね。

怒る理論も単純で済みますしね。善悪が誰の目から見ても明らかなので、逆に言えばその行為を行った相手もそれを解っていながらやったと言えるわけです。となるともはやその相手は敵です。解り易いかたちになります。一見これが一番タチが悪い様に見えます。


②次に普通の場合

これは相手が自己中心的な人という感じですね。それが結果的に自分に害になってしまった。しかし相手に全く悪意はないんですね。最初は「なんでいけないの?怒ることじゃないでしょ」といった感じです。ほら、単純な悪意よりこっちの方がタチが悪い様に思えてきませんか?
最後には悪いことをしたと謝る人もいるでしょう。しかしそれで許したとしても相手の自己中が治ったわけではないので、またすぐ普通に平気で害を受けることになるでしょう。そういう人は他人の気持ちを深く考えることをあまり知らず

平気で生き物を殺す子供の残酷さ

に似たものを持っています。


③最後に好意の場合

これは好意と解っているだけに怒るに怒れないことが多い。

やり場の無い怒りだけが残ります。そして相手はどれだけ自分に害を与えてもずっと自分の味方なわけです。
一般に、敵だと最初から解っている敵と・味方だと思っていた敵では後者の方が自分にとって被害は大きくなるでしょう。それは味方にはやはりある程度のことを期待しているからです。それ自体は変なことではないし期待できるからこそ味方だと思えます。しかしそれが結果的に有り得ない程度にまで裏切られた場合というのは、本当に何よりも困るものです。それならば最初から期待させてくれなければ良かったのにといった具合です。

それと同様なことが起こるわけです。

好意に悪意は向けにくい

けれどもその行為はズレた好行為で、放っておけば自分にとって害になるわけです。
悪意は向け易いでしょうが、ストーカーなんかこれの典型でしょうか。相手がいいことをしていると思っているだけに相手に自分が被害をくらっていることを解らせるのがとても難しい!単純な悪意よりも数段状況が複雑になっていてどうすればいいのか解らない。とてもやっかいですね。これが実は一番タチの悪い『悪』かもしれません。


解っていて悪いことをする人、何も考えず悪いことをする人、いいことをしているつもりで悪いことをする人。どれが純粋な『悪』でタチの悪いものだと思うかは個人の価値観ということでしょうか。
環境問題でも人間関係でも笑いでも何でもいいです。何かに悪を感じたとき、

自分にとってどれが一番悪なのかを考えてみて下さい。
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私は昼ドラがかなり好きです。
死ぬほどドロドロした関係がストーリー的に好きだということもありますが、各人の状況を考えて、どう物事を考えたらその事態がいい方向に流れるのかなどを想像してみると、自分の考えがまた新たに改善されていくと思うからです。

例えば今現在は「契約結婚」というのがやっています。
ハマっていて見れるときはいつでも見てます。笑

少しネタバレになりますが、主人公の雛形あき子が友人の子供の世話をしていたらその子供が言うこと聞かず道に飛び出して車に跳ねられて死んでしまいました。
これはかなりキツイですね。7月12日のブログに書きましたが、他人の物を壊しただけで冷や汗出るのに子供ときたらもうどうなるのやら。でもありえないことじゃない。
こういう状況って提示されないと自分で考えることは余りないですよね。昼ドラでは不幸なことが絶え間なく起こるのでいろいろ想像できます。

笑えない危機的状況回避

の練習ができます。


友人の子供が死んだわけですが、主人公は子供を死なせたことと・子供が死んでバグる友人と・ちょっと知り合いだけどほぼ他人である友人の夫への責任などが出てくるわけです。

子供の死への責任はある意味どうしようもない。今後他人の子供の世話はしないようにするぐらいしか建設的な意見はないんじゃないでしょうか。あとはもう金銭面的な償いしか無理でしょう。それを未然に防ぐために、最初から他人の子供は預からないだとかいうのも現実には付き合い悪いってことになるし。子供は勝手に飛び出すし。自分一人じゃなくて最低二人で見とくというのが妥当な線でしょうか。

続いて友人との関係。
これも厳しい。これは友人の方が大人になるしか解決方法がない。子供を預けたのは自分なんだからねえ。とはいえそんな簡単に割り切れたら苦労はないんでしょうが。まあ並みの友人関係なら破綻どころか憎しみとかまでになるんでしょうね。

最後に友人の旦那さん。
これが一番微妙なんではないでしょうか?
どんな場合でもそうですが、ちょっと知ってるけど二人で話すことはない関係の人ってのが一番気まずい!無視したら感じ悪いけど話すことは無いし。
本来はその自分と相手を繋いでいる役の人が空気を読んで早く2人を仲良くさせることが重要なのですが、この場合は友人もバグっているので旦那さんとのやりとりには役に立たないどころか敵になる可能性があります。
7月12日のブログに書いた様に、自分が責められないなら責められないでキツイものがありますし、かといって子供の死をどうしてくれるんだとか責められても実際どうしようもない。

ここで大事なのは7月3日のブロブに書いた

「仕方ない」ということは

「許される」ということではない!


ってことです。まあまさか友人の子供預かって死なせといて開き直る人もいないとは思いますが、こういうときに汚い本性を現す人もいるでしょうし。
勝手に飛び出したのは子供だし、死んだ子供をどうすることもできない。
けどもやっぱり自分が過ちを犯したのは間違いないわけで、その呵責から逃避するために開き直ったりするのは良くないです。卑怯というか器が狭いというか心が弱いというか。そう言うと「自分はどうせそうだから」とか開き直る人がいますが、これは死ぬほどムカツキますね。
開き直りで言ってて本当は思ってないくせに言いやがって、

こっちは心の底から思ってるんだぞ!

お前じゃなけりゃ良かったのにって本気で!


「どうせ私は○○だから」って本気で自分で思ったんなら限界まで謝り倒すなり、次はそうならないよう誠意を見せて努力するなりしろと!何を逆ギレしたり冷めた感じになってんねん!もっかい言うけどお前は冗談じゃなく最低に○○だと思われてるんだぞ!解ったらすこしは凹め!改善しろ!という気持ちに気づいてほしいものです。


さて話がそれましたが、昼ドラにはものすごく意地の悪い奴が絶対に1人は出てきます。
これは本当に現実的でいいです。現実にはこれくらいの悪意がそこらじゅうに散らばっているはずです。それを感じたときに主人公は大体人がいいのでその意地悪な相手のことまで考えて行動してまんまとやられてしまうのです。当然ですね。でもいい人は環境にめぐまれない限りそうなるのが普通だと思います。そんないい人めったにいませんが。
悪意に対して自分がどう対処するのかというのを具体的な設定でシュミレーションさせてくれる昼ドラをぜひお勧めします♪
バトン。つまり誰かから受け取って誰かに渡すということですね。
お題がどっからか回って来たということです。
ともよからのバトンとなればムゲに落とすわけにもいかないのでとりあえず私は走って見ます。
以下お題にそって簡単なエピソードを。

●Total volume of music files on my computer
(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)

ウチはコンピューターが家族兼用なのでリビングにありますが、テレビとして利用することが多く、曲はのんびり自分の部屋で聞くのでほとんどない。20曲ぐらいかな?落とすのやりたいけどやり方知らないんですよね~誰か教えて!

●Song playing right now (今聞いている曲)

マイナーな洋楽ロックですが、「marvelous 3」の[HEY!ALBUM]というアルバムを目覚ましにして今日は起きれず二度寝しました。
アトランタのバンドでもう解散しましたが、このバンドのボーカル兼ギター兼作曲担当のブッチ・ウォーカーが今はアブリル・ラヴィーンなどのプロデュースをしたりポップミュージックの仕掛け役の一人になっているのでその前から聞いていた私としてはびっくり。センスは好きだけどそのまま消えて行くかもとか思ってたのに。

●The last CD I bought (最後に買ったCD)

これも洋楽ですが、中古屋で「ordinary boys」の1stと「stereo phonics」の新作と「reef」の[get away]を買いました。これパソコンで落とせたら買わなくてもいいんだろーなー。でもCD持ってた方が絶対ちゃんと聞くからな~。

●Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
(よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

 ・HY/AM11:00
大学の別荘で一時期ずーっとかかっていた我が家の初代テーマ曲、そういう意味ではラクリマ・クリスティーの未来航路も捨てがたい。邦楽のインディーズです。

 ・REEL BIG FISH/take on me
洋楽を聴き始める時に友達が薦めてくれて最初に買ったアルバムの中の曲。アルバムの中で一番好きというわけではないが、この曲はよくテレビのバックミュージックに使われていたので、洋楽に親近感が凄く湧いてそれ以降の興味にスムーズにつながった楽しい一曲。

 ・THE LIBERTINES/can't stand me now
メロディが最高。イントロ聞くだけでしびれる。洋楽が好きな人はぜひ聞いていただきたい。カラオケとかでもあるけど音がショボくなるし2人いないと歌えない。

 ・SOLD OUT/magenta magenta
これは邦楽ですよ。これ聞いてジャパニーズヒップホップが初めてカッコイイと思った。英語が混じってるのもあるがメインボーカルの歌い方が凄く合っていてとても日本語のラップとは思えない。メロディとしてもジャパニーズヒップホップのありきたりなメロディではなくこの曲はとても好き。

 ・STRAYCATS/rock this town
リーゼント最高。ロカビリー最高。昔の古き良き時代というのを感じさせてくれる名曲。速撃ち決闘が行われるウエスタンなバーでかかっていそうな曲。なんとUSJでもかかっていた。USJは他にも結構マイナーな洋楽を流してたりする。ボーカルのブライアン・セッツァーは現在BRIAN SETZER ORCHESTRA(少しつづり違うかも)として活動していて、映画などにもよく曲を提供しているので一度試聴してみて欲しい。


以上曲に関するものばっかりでしたね。
オススメ曲はどれも違った味の曲なのでぜひ聴いて欲しいです。

さてバトンを誰に渡すかということですが、「映画委員長」様にお願いしてもよろしいでしょうか?お題を借りるのは非美的でしょうが、バトンを繋ぐのは美的ってことで。まあすぐに書かなくてもいいとも思うので。無理なら無理とコメント下さいな♪
こないだ心霊スポットってとこにドライブに行ってまいりました。
友達の急な夜襲&思いつきにより、肉体労働系仕事による疲れ・深夜故の激しい眠気・夕飯を食べていなかった空腹・狭い山道などの好条件がそろっていたにもかかわらず何も起こることはなく当然のように無事に帰って来ました。
ただ行って帰るのもなんなんで後々の楽しみのため写真をしっかりとって、ついでに車から降りて閃光花火をしてきました。

要するに幽霊なんていなかったんですよ。まあこれもいるいないというよりは、

信じる信じないの問題だと思います。

占いのとき(7月7日のブログ参照)と一緒ですね。どちらにしても楽しむ程度ならなんら問題ない。普通に気の知れた人同士ならお互いは信じてる信じてないは置いといて話題にして議論したり楽しむのもアリですけど、その価値観を相手に押し付けたりするべきではないし、このことは信条に関わることだから、反対意見の人に迷惑をかけたり不快感を与えることが大いにあるんだとよく気をつけないといけないことだと思います。

私は全く信じてませんから「見たことある」とか普通に言われたら「嘘つけ」となってしまいますが。だってねえ、点が横に二つとその下に棒線があれば人間にはそれが顔に見えてしまうものなんですよ?人間は想像力が豊かなんです!あと蜃気楼とか、意識が混乱しての不確実な認識など視覚の限界もありますし記憶の限界もあります。もう反論意見が山ほど出てきますからね。
まあでもそこは見たと言う人からすれば見たのは見たんだからねえ・・・


あとたまに神様は信じなくて幽霊は信じるって言う人がいるんですけど、それはちゃんと物事考えてんのか?って思いますね。
逆は解りますよ、神様や仏様は教育(説法)によって信じる様になることがありますからね。幽霊は教えにないから信じないってのはありうる。さすがに幽霊がいるんだぞって教育は今のとこ聞いたことない。
でも自分で考えて感じて幽霊信じてるんだから、生を超越したものの存在はアリと考えてるんでしょ?じゃあ神様いるかもしれないんじゃないの?見えるとか感じるっていう幽霊は幽霊じゃなくて神様に属するものかもしれないでしょ?なのに何で神様は否定するの?
これ幽霊信じてる人がいたら試してみてください。神様は信じているのかどうか。そしてその人が神様を信じることをバカにしたらその人に言ってやりましょう。じゃあお前も同じアレなんじゃないか(笑)、って。


まあここらへんは、信じてる人達はまず疑ってかかってないですからそんなに自分で考えてないんで仕方ないんでしょうけどね。
でもそんなこと信じてる信じてないってだけでその人とウマが合わないってなるのもちょっと極端でそうはなりたくないですよね。


つまり何にせよおもしろければいいわけですよ!

おばけ信じてなくてもおばけ屋敷とかなら楽しめますし恐くなくてもびっくりはしますしね。ただもうマジメにそんなこと話し出すのはちゃんと文句とかもお互いぶっちゃけて言い合えるぐらいの仲になってからにしようね、ということです。


でまあね、肝試しで一番なにが恐かったのかっていうとね、もちろん幽霊ではないんですよ、信じてませんから私は。
暗闇そのものってのは少しあります。目が見えている人にとって暗闇は恐怖だと私は思います。かなりの情報がいつもより遮断されて不安感が出てきますからね。
あと自然も恐いですね。ヘビとかそういうのも含めて。落石注意とかね。
でもやっぱり一番恐いのは

人間です!

ほんと恐い。
夜の山道とかまず普通の人はいるわけないんだから、おかしい人やらいそうだし、山道を攻めてる走り屋に巻き込まれたくないし、族の人やらたむろってるかもしれないし、人がいただけでびびりますよ!もうおどかすだけなんならいっそ幽霊であってくれと。
まあ夜な夜な山道で閃光花火をしてた私たちも他人から見れば十分恐いんでしょうが。
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