反骨精神を源に軽い冗談から重い本音まで・・・
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --】 スポンサー広告
-僕は何も始めない。やめられない君と同じさ-
                (民名書房刊『退化論』より)


私は「もったいない」という感情を他人より多く持っているのではないかと思っている。なぜなら私が他人よりもめんどくさがりで他人よりも合理主義的だからだ。

しかしだからこそ「もったいない」という感情に侵されないように気をつけている。

「もったいない」は損を招くと思うからだ。


まず何かが壊れたときもったいないと思う。『物使い』という題の以前のブログでも書いた通り、私は物をいずれ壊れるものだと考えて、物が壊れたことによるマイナスイメージに余り捕らわれずに生きたいと思っている。

世の中これが出来な過ぎる奴が多いが、これはいわば自分の感情のコントロールだ。

もったいないなんて感情は

理性でコントロールできる程度のしょーもない感情だ


と私は考えている。ただでさえ物が壊れて何かしら損をしているのに、さらに気分まで落ち込んでしまうなど愚であるとしか思えない。もちろん愛着や物の価値によっては多少落ち込みもするだろうが、早く脱却することで次への一歩に繋げることが、楽しく生きるコツだと私は考える。
そういった意味で「もったいない」という感情は邪魔だ。

これに関しては、出来ることならもったいないを消したいと思う人も多いんじゃないだろうか。



他に「もったいない」が頭を過ぎる主な場面は、何かをやめる時だろう。この時の接頭語には「せっかく~のに」が欠かせない。
そしてその気持ちは、それまでの努力や結果が大きければ大きいほど強くなる。もうこれ以上は無理だとほぼ解っていてもやめられない。そして解りきっていた損をする。

それは人は無為に耐えられない

積み重ねた成功は人を縛る

ということなのだ。

某漫画を知っていればお気づきだろうが、これは

ギャンブル中毒と同じ現象なのだ


対象がギャンブルであれば、もともとギャンブルを危険視し不快に思って警戒している人々は、ここに陥ることを避け、またそこにハマっている人をバカにして嫌悪すらするだろう。
しかし、ことが「せっかく遠くまで来た」だとか「ここまで練習して頑張って来た」だと、すぐに同じ症状に陥るのだ。
遠出したついでに、近場でも出来そうな普段なら大して興味のないものをわざわざ見つけて散財し、いい経験になったと自分で納得する。
意欲がもう途切れてしまったにもかかわらず、失うことを恐れもったいなさに流され、死んだ様にただ頑張る。

無論、物事に粘りは大事である。少々のことで根をあげるようでは満足できるものはつかめないだろう。もったいないと思ってやめなかったおかげで成功することがないとは言わない。
しかし、もったいないといった後ろ向きな前進で大きなものを得ることができるとは思えない。かなり運が良くて何かを得ることができたとしても、やめなくて良かったという安堵が第一に来る。それは、前向きな姿勢であきらめずに勝ち得るものとは雲泥の差があると私は思うのだ。
ここに気づいていない人が私は多いように思う。

さらに言えば「もったいない」に対して「もったいなくないようにする」ということしか対抗策を考えられない人が多々いるのだ。そしてその人達は、「そのことをやめない」しか考えられない。それでドツボにはまっていくのだ。

だからここで「もったいなくないようにする」ために「物事の見方をうまく変える」ことが出来れば、発明家なりベンチャー企業家なりになることができるだろう。



しかし私が言いたいのはそんなことですらない!

そんなことは誰でも考える。できるものなら誰でもそうしたい。しかし一握りの人々しかそれが出来ないから、発明やベンチャーの成功がありえるわけだ。
うまくいけば勿論良いことだが、そうして何も思いつかなければ結局「もったいない」に別の形で捕らわれたに過ぎない。


なぜこうも人は「もったいない」ことに捕らわれてしまうかと言うと、おそらく人は

もったいないことをしてる(した)人が

極端にバカに思える


からだろう。

だから自分は決してそうなりたくはないのだ。そこだけに固執して物事を判断できてしまうほどにこの考えは私達にこびりついていると言っても過言ではないだろう。

でもそれは本来の有様とは違う。誰でも他人や自分にバカにされたくはないが、もっと大事なことは

自分の本当にやりたいことをやることなはず。

この際「もったいない」に侵されていてもいい、冷静に考えてみれば、生きるために不可欠なわけでもないのに、自分の意欲も湧かないことをもったいないからといってやめられず、微妙な気持ちで人生をすり減らしていっている人こそ本当に「もったいない」ことをしている奴だ。

もう一度言う。もったいなくてもいいのだ!
自分の本当に思った様に生きないのでは、そいつは誰のために、或いは何になろうとして生きているのだろうか?いや、その答えがあるのであれば、自分の意欲が湧かないことをやるとしてももったいないとは感じられないはずだ。


身動きのとれない状況や周りのことを考えての自粛的な行動ならまだしも、もったいないなどという自分の弱い心だけで自分を縛ることなどしたくはない。
たとえもったいなかったと他人に言われようとも、その時に自分の本当にやりたいことを信じてやることが一番大事だと思う。物事を続けるにしても、もったいないなどというつまらない理由ではなく、意欲をもってやっていきたいものだ。


スポンサーサイト
1ゲトズサー。ちょー久々に更新されてるw
俺ももったいなくて物を捨てられない人間なんで、参考になる文章ですた。

話は変わるが、以前やまだオルタナティブスレで共に笑いあった同士としてとてもおもしろい動画をハケーンしたので紹介します。是非テラワロスをお楽しみください。
http://www.geocities.co.jp/flash_rar/Flash/boshiteck.html
【2006/03/17 Fri】 URL // トクシ #/BP6bCcE [ 編集 ]
さすがトクシ!気づくの早いな!

でこれおもろすぎ!なんでこんなことなってんのこいつ笑
【2006/03/17 Fri】 URL // ピッポ #- [ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
【2011/12/07 Wed】 // # [ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
【2012/11/14 Wed】 // # [ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
【2012/11/28 Wed】 // # [ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
【2013/01/14 Mon】 // # [ 編集 ]
管理者にだけ表示を許可する
http://fxxkintosh.blog15.fc2.com/tb.php/33-142287c7
-  【2012/11/19 Mon】
管理人の承認後に表示されます
[ ]
// HOME // 
Powered By FC2ブログ. copyright © 2005 反骨精神と時の部屋 all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。