反骨精神を源に軽い冗談から重い本音まで・・・
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普段私は偉そうなことばっか書いてますが、知っている人は知っての通り、そこまで考えて行動している様には見えません。

それはひとえに私が適当だからです。

いろんなことがめんどくさいんですほんとに。

じゃあいつもブログで書いてることは嘘かというとそういうわけではありません。自分独りで物事を考えてるときは、なぜかものすごくシビアに物事を考えてしまうときがあるんです。

では他人といるときはどうかと。

気の合う人といるときはおもしろければOK!

もうね、友達だと思うと結構なことが許せるというか、そんな偉そうな感じでもなくて、どうでもよくなってしまうわけですよ。自分の意見がやや異端であることも解っているので、そんなものを他人にまで押し付けるわけにはいかないですからね。

これ自分ではほんとに適当だな~と思うんです。
散々あれは嫌だの何だのって思ってることがあるわけですけど、友達の意見だとかなり素直に受け止めることができる。「一理あるなあ」とすぐ思えてしまうわけです。

ということはまあ私にとっては

理屈よりも人の方が大事

ということでしょうか。
肯定ばかりではその人のことを深く考えることはできませんが、初めから否定していては余計解りません。友達相手だと、自分の意見があってそれはそれ、という風に思えてしまうんです。非常に勝手な話ですが、友達の方がちょっとぐらい悪いと思っても、他人よりは友達の味方につく性格なのです。


じゃあそこまで気の合わない人はどうか。
まあ最初から気の合わないなんて思ってるわけですから、その人の意見は自分にはあまりしっくりこないと感じてるわけですね。そうなれば、

そんな人に心をマジメに動かしてどうするんだ?

とか思うわけですね。つきつめて言えばということですが。
これは賛否両論あるでしょうが、私としてはある程度気持ちをこめて最初は話していたがそれが合わなかったということなので、それ以上頑張ると無駄な対立なんかが起こってこっちにも相手にもいいことがない、と思うわけです。
自分の意見はあるけども、それを解ろうとしない人には何言っても無駄ってこともありますし。
ならばまあそこはもう適当でいいや、とかなるんですね。
でも邪魔すんなよ、とかは思ってますけどね。


では最後に何も知らない他人はどうかと。
思うにここが一番私が今までの理論などを頭に浮かべながら対応しているところですね。自分の尺度をもって相手がどのような人なのかを見定めているわけです。その間は凄く当たり障りのない会話をしなければならないのでめんどくさいわけですが、まあそれは礼儀というのもありますし、自分もいきなり他人に嫌われたくないと思うからこそそうやってるわけなので文句を言う筋合いもないです。
・・・まあでも赤の他人なんだから二度と会わないからもうなんでもいいや!ってこともありますね。無駄にテンション高いウザい奴を装って楽しんでみたりとかね。


まあマジメに考えてやって楽しいときと、不真面目に考えてやったほうが楽しいときがあるってことですね。それをちゃんと解るにはやはり自分がどう考えているのかや、周りの物事を深く考えることが必要だとも思いますが、感性が鋭ければそれもいらないことなのかもしれません。まあマジメにするにしても適当にするにしても、

空気読め!

ってことですかね。空気読めてない人こそがおもしろかったりもしますけどね。
このほどフットボール発祥の地イングランドのロンドンで開催されることが決まった2012年夏季オリンピックで、なんと野球とソフトボールが競技から除外されることになりました。

ということで今日は野球とサッカーという現在日本で最もポピュラーでプロリーグまである二大球技について考えてみたいと思います。
一応その前にあらかじめ、私は野球もサッカーも少しずつ経験したことがあり、プロの試合も観戦に行ったことがあり、現在はどちらの競技にも関わる活動をやっておりどちらも好きであることを言っておきます。


私が小さな頃にはプロスポーツで球技と言えば野球だけでした。ゴルフやボーリングとかもあったのかもしれませんが、とにかく人気なのは野球です。私も小学校の頃はソフトボールをやっていました。

しかしちょうど10年ほど前になるんでしょうか、サッカーのプロリーグであるJリーグがついに日本でもできました。野球の人気をおびやかすには到底至らないものの、JリーグチップスやJリーグアイスなどがバカウレしました。とはいえミーハーなファンが一瞬ついてサッカー熱などすぐ冷めてしまうんじゃないかといった状況でした。

ところが今現在、日本において野球と同じぐらいの人気を誇る国民的競技となりました。これはなぜでしょう?


私が思うに、一番のポイントはサッカーがモテる競技だったことです。

Jリーグが始まった当時、世の中にはロンゲや茶髪というファッションが同時に流行り始めていました。Jリーグの選手の幾人かは髪を伸ばし、茶髪にし、手足にミサンガをつけ、ビジュアル的に女性がくいつくであろうことうけあいな姿で颯爽と登場したわけです。

女性が食いつくとなれば当然男性も食いつきます!

思春期の男の子からしてみれば、ストイックな坊主頭で汗を流し甲子園に住む魔物と戦うのは凄くカッコイイ!憧れの存在だ!しかし、しかし坊主頭ですか・・・青春時代を坊主頭オンリーで過ごすのですか・・・いやそれだからこそのかっこ良さがあるわけやけども・・・えっ?サッカー?うわ!これ!

・・・ありやな。

となった人が多いんじゃないかと思います。完全な妄想ですが。

そうやって競技人口も少しずつ増え新しい世代にサッカーという競技の人気がだんだん根付いていった。しかし今一つ野球と比べるとマイナー競技の感は否めなかった。

そこにまんまとやってきたのが日韓W杯サッカー!
ふたたびにわかファンがJリーグ開幕以来ずっとサッカーを応援していたかのように沸き出します!日本中がお祭り騒ぎのようになり、その日の世間話として出てくるであろうサッカーの話題のために人々が知識を積極的に吸収しだし、自分のお気に入りの選手を作り、手ごろなところでベッカムに決め、またその結果がベスト16という世界に日本が通用すると言うに十分な結果に終わったため、サッカーが一躍人気競技に踊り出ました。

さてこの先が問題なのです。
野球とサッカーはどちらも人気ある競技になったのですが、野球の方に近年かげりが出て来ました。絶対の人気球団であった巨人の試合にも空席が目立つ有様です。これはなぜでしょうか。

まず野球チームが合併やらリーグ制がどうやら選手と協会がもめてるやらで解り難くドロドロしたイメージを人々に与えてしまったこともあるでしょう。そして人気選手のメジャー移籍もあるでしょう。しかしそんなことはサッカーでもやってます!J1とJ2のチームが毎年入れ替わったりリーグ戦とカップ戦が平行していてファン以外には解りにくく、海外移籍も野球と同じく最近激増しています。なぜ同じようなことが起こっているのに違いが出るのでしょうか。それは

サッカーには国際試合が多い

からだと思います。

サッカーもその地方ごとのチームの人気が急増してるというわけではないと思います。日本代表というチームのファンが増えているんです。だとすればリーグがごちゃごちゃしてても海外に選手が行こうとも関係ない。

毎日毎日見なくともそこそこの期間に試合をチェックしていればよく、国際試合となればその数日前から同じ様なニュースをどこでもやっていて結果も同じように数日間ニュースでやっている。日本代表チームの試合や選手に関することであれば地域に関係なく全国で放送される。・・・こ、これはよく考えたら

野球界において巨人が人気を得てきたやり方と

同じじゃないか!



そしてサッカーは全世界で人気のある競技であり、野球はそうではないという理由でオリンピック競技から除外されました。
それぞれにスポーツとしての面白味が存分にあります。
日本では野球の歴史の方が長く伝統ある競技です。
現代はグローバル社会です。

これからはどちらの競技がより人気あるものになっていくんでしょうか。はたまた第三の競技があらわれるのか。だとすれば「スラムダンク~第二部」が大きく関係してくるのではないかと個人的には思ってみたりします。
私は季節感というものが全くないです。
しかし日本には四季があり、日本の人々には季節感というものがあふれていると感じます。それが和の心というものの一つなのでしょうか。
おかげで季節感が全くない私も季節というものを感じて生きていけるのはとてもありがたいことなのでしょう。

春には色んな虫がわいてでます。暖かくなってくれば衣替えもします。冷麺や花火なんかもどんどん売り出されるようになります。私は冷麺やそうめんなどが大好きなので冬でも食べたくなるんです。しかし売り出されない。

別にどうでもいいのに勝手に季節ものにされて

ちょっと迷惑です。


花火だって別に夏だけに限定しなくてもいいのに。まあ冬は空気が乾燥するから火事とか増えそうだからいいけど。
幸いアイスなんかは冬でもコンビニで売ってます。冬に暖房つけてコタツで風呂上りにアイスなんて最高ですね!

あと植物にほとんど興味ないことも季節感がない理由の一つですね。虫とかにも特には興味ないです。あいつらには思考とかないからイマイチ興味が惹かれないのかもしれないですね。生きててふと気づいたときにちらっと何らかの感情が湧くことぐらいはあるでしょうけど。

スポーツなんかも季節に左右されるものも結構ありますが、私が好きなのはサッカーなのでほとんど季節に関係はありません。

唯一考えるとしたら服装でしょうか。これは季節によって格好変えざるを得ないですからね。

春だから花見だとか、夏だから海だとか、秋だから紅葉だとか、冬だからスノボだとか、これらのことは別にそんなにこの季節だからこれやっとかなきゃ~みたいな風に考えたことはありません。風物詩を見てその季節だな~と感じるのって、それでいいのかもしれないですけど、わざとらしい気がしてなんかいちいち反応するのがめんどくさくなるんです。夏だから風鈴つけて、夏だな~って・・自作自演でしょ。なんだか季節感っていうものに踊らされてる気がします。

この時期にはこれやらなきゃって

脅迫観念でもあるのか?
ってぐらいの人もたまにいますね。

別にそんなに季節を煽らなくてもなんとなくで解るって。季節の行事の代わりに一日中麻雀やサッカーに勤しんでも私にはなんら違いはありません。

でも季節感あればあるでたぶん楽しいと思うんですよ、マンネリ化しなくてね。季節感なしでマンネリを感じないでいるには適当な性格や能力が必要とも思いますし。
まあでも私の場合

自分で考えなくても誰かが考えて

計画を立ててくれるので問題無し


私はとてもよく鼻歌を歌います。
鼻歌といってもメロディだけを口ずさむときもあれば、歌詞を歌ったり、頭の中だけで曲を流すときもあります。実際にウォークマンなどで曲を聞きながら口ずさむのもアリです。
私は洋楽が好きなのでたまに歌詞とかそこまで覚えていなくて適当に歌ったりします。

鼻歌を歌っているととても気分がよくなります。
すがすがしいときにはすがすがしい曲を、ゴチャゴチャした場所なんかでは暗くハードな曲なんかを流すと自分の世界にバックミュージックがついたみたいで、平凡な光景がすごく色づいて見えるような気がします。

これは密室で自分の思いついた歌いたい歌をかたっぱしから歌っていくカラオケとは全く別のものです。どちらかというとドライブをしながらその場所に合った曲をかけるような感じです。
歩くテンポをドラムのビートに合わせて曲と現実をだんだんかぶせて行きます。すると今度は現実に起こっている音が曲の一部であるような感覚になってくるのです。

私は音楽のそういうところがとても好きです。部屋の中で聞いてこそ映える曲というのももちろんあるでしょうが、曲は周りの風景や状況によって色んな形に聞こえるものなのではないかと思います。
カリフォルニアの陽気なバンドの曲をウォークマンで聴いていたら、その朝は天気があまりにも良くて曲と世界が一体化したように感じられ、ずっとその曲を聴いていたくなって、せっかく早起きして行った学校の授業をそのままサボって曲を聴いたまま近くの公園でひなたぼっこして寝たこともあります。

だから私の鼻歌は、その時はやっているものを色んなとこで聞きすぎてふと口ずさんでしまうというようなものよりも、この状況はこの曲だなあと自分で思って意図的に歌うものや、なんでこんな歌を今思い出したんだろうと自分でも思う様なものが多いです。


でも鼻歌には重大な欠点があります。

それは他人から見たら

頭のおかしな奴になる
ことです。

鼻歌を歌って歩いているときにいきなり自転車に後ろから抜かれたりするとちょっと恥ずかしくなったりします。
でもまあそんなときはまたおっちょこちょいっぽい変なテンポの曲を頭に流すと、それはそれでいいかなあ~という気になりますね♪
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